こんばんは。
風邪と花粉症のダブルパンチを食らっていた齋藤です。

今日は、私が農業の道を選んだ理由についてつらつらと書いていきたいと思います。

正直に言いますと、大学に入るまでは農業に対して全く興味がありませんでした。
むしろ、農業が身近にあったからこそ、農業の大変さやしんどさを知っていたので、農業などやるものかと思っていたほどです。

私は教師になりたいと思っていました。
中学時代にお世話になった社会の先生のように、博学で教育熱心な教育者を志していました。
そのため、歴史や地理、公民の教員免許を取得するために大学では文学部文化歴史学科に在籍していました。

大学時代は親の仕送りに頼りっきりで、その中から食費や光熱費などをやりくりし、余ったお金で本を購入していました。今考えてみると、本当にどうしようもない大学生だったなぁと思います。

とある月の事です。
その月の始めに、前々から欲しかった本を何冊も購入したおかげで、その月の食費を多く削ってしまいました。その結果、次の仕送り日の三日前あたりには食べ物を買うお金がなく、非常にひもじい思いをしました。挙句の果てには、冷蔵庫にあったケッチャプやマヨネーズをスプーンにとって舐めて空腹を満たすという有様でした。

この空腹にはもう耐えられないと思った私は、何か食べるものはないかと冷蔵庫や食器棚の中を血眼になって探しました。その時、見つけました。シーチキンを。あの時食べたシーチキンの味は今でも忘れることができません。空っぽの胃が満たされていく感覚を忘れることもできません。
そして、食べられるということがどれだけ幸せなことなのかと気づかされました。それと同時に、野菜や果物、米や肉などを生産している農家の人たちを尊敬するようになりました。

そのような経験をしてから数日がたったある日、河上肇の『貧乏物語』という本に出合いました。
その本の中には、このような文章がありました。
「パンののちには、教育が国民にとって最もたいせつなものである。」
つまり、教育よりもまずは人々が十分に食べ物を食べられることが大切だということです。

私はこの文章を読んで、雷に打たれたようなショックを受けました。けれども、すっと腑に落ちました。自分自身が短期間でありながらも食べ物に飢えた経験もありましたし。この本と出会い、教育云々を侃々諤々と議論するよりも、まずは人々が腹いっぱいご飯を食べられる環境を作り出すことが先だと思うようなりました。
「それなら、自分が進む道は農業だよね。」と考え、自分の進路を農業界へと向けたわけです。

話が長く、拙い文章ですが、このシーチキン事件と『貧乏物語』との出会いが、私の進路大きく変えたわけです。
そして、今の私は「世界中の人々が腹いっぱいご飯を食べられる社会を実現する」という目標を立てて、日々研鑽に励んでいます。
目標達成にはめちゃくちゃ程遠いですが、一歩一歩着実に進んでいきたいと思います。